私が彼氏をしばいた日
生理前になると少し情緒不安定になるのは自覚していたが、今回は酷かった。
私は普段は温厚な性格である。攻撃心の欠片もなく、争いごとも極力避けるような人間だ。
そんな私が、生理前に豹変した。
それはもう、彼氏がドン引きするほどに。
PMSでコントロール不可能な怒りが爆発
生理開始の前日くらいのことだった。
私は突如として、もうひとつのネガティブ人格(バイオレンス人格)に乗り移られた。
普段なら何とも思わないような、彼の些細な一言がきっかけだった。
例えば「○○さんがこんなこと言ってて面白かった!」とか。
普段の私なら、「へー、○○さんらしいね〜」と笑って過ごすところだ。
しかし、生理前日になると私は激変する。
「へー(棒読み)、その人みたいに面白いことが言えない彼女で悪かったですね。」
「そんなに話が面白い人がいいなら他の人と付き合えば?」
と、論理を飛び越えて超絶ネガティブ曲解をしてしまう。
平常心の今だから言えるけど、生理前の私の思考回路はイカれてしまっているとしか思えない。
すべてに対して最悪な論理の飛躍をしてしまうものだから、
「こんな私じゃ駄目だって言うのね」
「あーあ、私ってなんて無価値な女」
と、ズブズブとネガティブの沼に引きずり込まれるがままになる。
そんなとき、心の片隅では(あ。「虫」が来たな。)と、どこか冷静に感じている自分がいる。
本当に「虫」のような生き物が腹の中で這いずり回り始めるように感じるのだ。
その虫が、私を怒りに駆り立てる。
鼓動が速くなる。
全身の血管が、鼓動に合わせて膨張する。
ふつふつと体温が上がる。
何かを投げつけたくなる。
何かを殴りたくなる。
なけなしの理性がささやく。
「いい大人が怒りもコントロールできないでどうする、我慢しろ」と。
震える拳を握る。
いつものように食器を片付ける。
気をつけているつもりでも手に力が入ってしまい、皿同士のぶつかる大きな音が響く。
彼は自室に戻り、私は食卓にただ一人。
鎮静のためにココアを淹れてみたのだが、イライラは治まらなかった。
腹の虫が起き上がって、いよいよ臨戦態勢に入っている。
(―これは何かで適当に発散しないとマズイ。)
食卓上の、投げても壊れない物を手当り次第投げつける。
丸めたチラシとか、濡れ布巾とか。
しかし、逆に怒りが増殖してしまった。
もはや何にイライラしているのかも分からない。
今もし彼と目があったら、酷いことをしてしまいそうな予感がした。
寝室に入ってドアを閉める。
ベッドに沈み込む。
下腹部が重く痛い。(でも、他の人の生理痛と比べれば軽い方だと思う。)
先にシャワーを浴びてきた彼が、入っていいよ、と優しく声をかけてきた。
イライラを抑えながら、私は重い腰を上げる。
お風呂に入っている途中で、じわじわと高ぶり続けていたイライラが、とうとう沸点に達した。
ガン。
ガン。
ガン。ガン。
気づいたらバスタブを蹴っていた。シャワーで音をごまかしながら。
ガン…ガン…という音が反響して耳に残った。
数回蹴っただけでも、その残響のおかげで10回ぐらい蹴ったような気分になる。そして、すうっと怒りが引いていく。
ダイニングに行くと、彼が「あれ?」と言う声がした。
見ると、玄関付近に落ちている丸まった布巾や紙くずを拾い上げている。
でも何かを察したのか、私には何も聞いてこなかった。
髪を乾かしてベッドに入る。
すると、またイライラがぶり返す。
「愛情深い彼は、お前みたいな取り柄のないクズには相応しくない」
「お前のような無価値な女は、見放されてしまえ」
と、生理前にだけ聞こえる悪魔の声がする。
血がのぼって寝ていられなくなって、私は跳ね起きた。
布団を蹴る。マットレスを蹴る。枕を殴る。
物音がしたのか、彼が入ってきた。
(彼に怒りをぶつけてはいけない。)
私の中で黄信号が点滅した。
私はとっさに「トレーニング中だから」と言って、その場で腹筋を始めた。彼は理由は聞かず「じゃあ押さえといてあげる」と脚を押さえてくれた。
そして私は、怒りの勢いのまま腹筋を100回やった。
トレーニングのためなんかじゃない。ただ怒りを抑えたかっただけだ。疲れて眠りたかっただけだ。
怒りがマシになったかどうかは分からない。
再びベッドに潜りながら、ゆがんだ思考がぽろりと漏れた。
「私には良い所なんかひとつもない。よくこんな取り柄のない女と一緒にいられるね」
彼は「何言ってんの」と呆れたように言い、こんな良い所もこんな良い所もあるし、と私の長所をあれやこれやと挙げていった。
でも、そんな言葉は私にとって何の価値もなかった。
それでも、納得したふりをして私は眠ろうとした。彼も部屋に戻った。
だが、イライラは止まらない。
イライラというより、もはや「激怒」に変わりつつあった。激しい動悸がしている。
私は立ち上がり、ベッドに丸めた布団と枕を寄せ置いて、それを力任せに殴り始めた。
それでも足りなかったので、マットレスの側面を蹴り始めた。
殴る。
蹴る。
殴る。
蹴る。
イライラは増すばかり。血という血が沸騰している。
理性がぶっ壊れてしまった。
何かがおかしい、と状況を冷静に見る思考も失われていた。
誰か助けて。
誰か、私の中の虫を殺してください。
それは言葉にはならず、かわりに喉から細い金切り声が出た。
彼に気づかれまいと、声を殺そうとした。
叫び声も、泣き声も殺そうとした。
涙が溢れて、あふれた。
彼は声に気づいて、寝室に入ってきた。
悲鳴を押し殺して泣いている私に気がつく。
彼は布団に入ってきて、私を抱きしめる。
抱きしめる価値もない体を抱きしめる。
だから、また混乱する。
あなたが今抱きしめているのは、汚らわしい、理性もない、人間以下のゴミクズなのだからやめろと叫びたい。
やめろ。それ以上、あなたと私の人間性の差を見せつけるのはやめてくれ。
その時、私は「彼と一緒にいる自分」が心の底から嫌いになった。
ああ、きっと私は、彼と一緒にいない方が幸せでいられる。
そう思った瞬間、私はもう彼にどう思われようがどうでもよくなった。
劣等感と自己否定と恥と怒りが、爆発した。
すぐそばにバスタオルがあって、衝動のままにそれを彼の胴体に打ち付けた。
「私には良いところが一つもない」
「こんな女に生まれた劣等感がお前に分かんのか」
「男に生まれたかった」
他に何を言ったか、はっきりとは覚えていない。
彼と共に続いていくと思っていた未来が、もうどうでもよかった。
今思いっきり両手で突き押したものが、彼の体なのか空気の塊なのか、それとも取り返しのつかない何かだったのかは、定かではなかった。
気づけば、私は、疲れて眠っていた。
彼の温もりの名残が、冷たい体を包んでいた。
翌日、少し冷静になってイライラの原因に気づく
翌日、私は普通に仕事に行った。
仕事の合間に、メモ書きをした。
【やるべきことリスト】
・自分の中の劣等感は自分で対処する。
・昨日のことを謝る。今は劣等感が強すぎて一緒にいるのが苦しいことを彼に伝える
・もし彼が私のことを嫌になったなら距離を置こうと伝える
また暴れるかもしれないので、家に帰りたくなかった。
だから、心の整理がつくまでは家に帰らないことにした。
イライラやモヤモヤの種は、育つと絶望感に変わっていくからタチが悪い。(うつ病を経験したからそれが分かる。)
だから早めに摘むが吉なのだ。
今回の爆発を引き起こした「種(原因)」は何だったか。
それは、自分が自分のイメージする「いい女像」のレベルに達していないことだった。
私には取り柄がない。だから女として価値がない。
つまり、彼の彼女として相応しくない。
その気持ちの苦しみを解消するには、方法は二つしかない。
- 「彼に自分が見合っている」と思えるようになること
- 「別に彼に見合った自分じゃなくてもいい」と思えるようになること
のどっちかだ。
イライラの原因、劣等感を解消するために
自己の無価値感、劣等感を克服するには、そのままの自分を認めることから始めなければならない。
自分を認められないのは、「大人の女性とは、いい女とはかくあるべし」という自分ルールから自分が逸脱したからだ。
この日の爆発がやってくるまで、私は自分のことを「そこそこいい女」だと勘違いしていた。
自分が思っていた自分像と、現実とのギャップ。
そのギャップに直面すると、心は断裂する。(うつ病の経験でそれを知った。)
だから、劣等感の解消法は
- 自分の思う「いい女」像のレベルを下げる
- 今の自分が「いい女」のレベルに達していなくても良い、と思えるようになる
のどちらかになる。
そうして私は、具体的な心の問題の対処に入った。
まず、彼に暴力的な態度を取ったことに対して。
①の対処法でいくなら、「いい女たるもの、時には彼氏をしばき倒しても良い」と考えを改めることになる。
②の対処法でいくなら、「昨日の行動はいい女のする行動ではなかったが、それは私が未熟なせいである。そして、人間はたとえ未熟であっても良いのだ。」と考えを改めることになる。
どう考えても、①のように考えるのはプライドが許せない。
ということは、②しか対象法はない。
私は人間として未熟であった。生理前のPMSでこんなにも感情のコントロールができなくなったのは初めてだった。何者かに憑りつかれたような気分がして怖かった。
そしてこうも考えた。「イライラするのはいつも彼氏の言動が原因だよな」と。
私の爆発の原因。それは、私の抱いてきた劣等感・PMS・彼の言動 の3つ。
どれも0でも100でもない。原因は複合的なものだ。
私は未熟な言動をした。それを私は認めた。
でも、このまま現状維持をしたくはない。PMSの症状は改善していきたい。そのために、
●酷いPMSがもし今後も続くようなら婦人科に行って相談しよう。
●劣等感は、うつ病を治した時と同じように、自分で対処できる。(うつ病のときに実践したこと:「自分を許す」ことでうつが治り、幸福度が上がる。)
●彼の言動は、自分ではコントロールしようがないし、したくもない。ただ、私が言われたら傷つく言葉については、その都度教えていこうと思う。
ここまで考えて、私の心は少し前を向き始めた。
人は、自分の未熟さを心から認められたとき、未来の可能性を存在全体で感じるようになる。
「自分には、こんなにも向上の余地があるのだ」ということに気づくのだ。
それは素晴らしく清々しく、晴れ晴れとした気分である。
そうなれば、もはや後ろを振り返る必要はなくなり、前を向けるようになる。
「こりゃ人生、楽しくなりそうだ。」と、心が武者震いを始める。
そうなって初めて、人は成長していくことができる。
またPMSでイライラしないように、自分で自分の未熟さを認めていくこと
普段は自覚していなかったが、私の心には色んなモヤモヤが渦巻いていたのだった。
それが今回の生理前にPMSで爆発した。
おかげでそれらの劣等感に気付くことができた。
自分が「まだまだいい女には程遠い」ということに気付き、それを認めることができた。
「いい女でなければ価値がない」のではない。
常に情緒が安定していて完璧な女などいないのである。
「自分の未熟さを自覚し、いい女になろうとすること」が美しいのではないか。
自分で自分をいい女だと思っていたって、ろくなことがない。
かといって、自分の未熟さにいちいち絶望してたら、またうつになる。
自分の良い所なんて探しても見つからないから、迷子になる。
(自分の良い所を探しても無駄という話はここでも書いています:他人と自分を比較して落ち込まなくなる方法【比べるのをやめたい人へ】)
誰も彼も、本当は自分自身に認められたくて許されたくて愛されたくてしょうがないのだ。
私も愛されたかった。自分自身を愛したかった。
でも、「人として完成された自分じゃなきゃ愛せない」のなら、この先も苦労するだろう。
これが今回の学びだった。
その前後の話
その日の夜は帰りが遅くなった。
手を上げたことを彼に謝罪すると、彼はあっさりと許してくれた。
でも、ネガティブはしばらく引きずった。
さっき書いた劣等感の克服は、実はこの後何日もかけて行ったものだ。
自分で自分を許せない時期が数日続いた。
20代後半になって、自分はある程度精神的に成熟して大人の女になったと思っていたから。
でも、そうじゃなかったから…。
何日も何日もかけて、その苦しみから逃れるにはどう考えればよいかを考えた。
結果的にさっき書いた「自分はまだまだ未熟者だと認められたこと」が私を救ってくれたのだが、
そこにたどり着くまでには色んな考え方を試していた。
例えば、
・彼氏の欠点を100個ぐらい書き出して、「彼も私と同じように大した人間じゃない」と考えてみる
→彼氏の欠点を書き足していく度にどす黒い気持ちになったので、早々に断念。愛する人を貶めることで傷つくだけの良心は残っていたようだ。
・今回の件は完全にPMSのせいだったのだから、感情をコントロールできなくて当然!私のせいじゃない!と開き直る
→これはいい女と逆行した「無責任なクズ人間」の思考だと思ったので、断念。私はそこまで落ちぶれてはいなかった。
・別に彼氏のために生きてるわけじゃないんだから、彼に見合ってるかどうかなんてどうでもいい、と捉える
→でも、彼と付き合っている限りは相手の存在を意識してしまう。どうしても彼と自分を比較してしまうときにはどうしようもない。
・一緒にいるせいで苦しいなら別れる
→確かにそれもあり。でも、1年のうち364日は仲良くできているのに、たった1日情緒不安定になっただけで別れるのは果たして妥当な判断なのだろうか。
・生理前だけ彼氏とのコミュニケーションを断つルールにしておくのはどうか。生理前だけ家庭内別居状態にして会話しないとか、生理前だけ一人でビジネスホテルに泊まって家に帰らないようにするとか。
→生理前だからといって必ずしも情緒不安定になるとは限らないし、爆発は予測できないタイミングで起きる(生理中や生理後に起こることもある)から、完全な予防は難しい。
・自分の良い所を1000個ぐらい書き出してみる
→いくら書いてみても、自分の至らぬ点に目を瞑るだけの行為に思えて、全然気分が晴れなかったので断念。
…と、いろいろ思考を試行錯誤してみたものだ。
でも、結局のところ、「自分の欠点や至らぬところを自分で認める」という、根本的な心の問題が解決しない限り、どれも救いにはならなかった。
自己否定から努力して、たとえ結果を出したとしても、人の「心」は救われない。
だってそれは「条件付きの愛」だから。
本当の幸せが欲しいなら、まずは自己肯定。そこから努力。
未熟でいいじゃん、頑張れば。
下手でいいじゃん、頑張れば。
の精神である。
自分に足りない所を認めることは、決して「後退」でも「劣化」でもない。
自信を喪失したとき、人は失った自信を取り戻そうと躍起になる。
でも、自信を取り戻す前にやるべきことがある。
それは、
「自分はもともとそんなに出来た人間じゃなかったのだ」と認めることだ。
それは、想像上の自分の輪郭と、現実の自分の輪郭が一致する瞬間である。
今の自分はこれ以上でもこれ以下でもない、と
初めて「自分を知る」瞬間である。
自分のありのままを把握できたとき、生きることはすごく楽しくなる。
なぜなら、自分次第でこの先どうなるかわからない、という希望を手にしたことになるから。
これで終わりじゃないんだ。まだまだ変化は続くんだ。
未来が分からない人は生きていける。
未来を決めつけた人は絶望していく。
PMSを「月に1回だけだから」と放置しない
私は、もう二度と同じ原因でPMSになることはないだろうと思う。
自分が自分の思ういい女じゃないからといって、ネガティブに浸ることはもうなくなるだろう。
私は生まれつき完璧主義なので、心に1点のモヤモヤも残したくないのだ。
特に、生涯を共にするかもしれない彼氏(や婚約者、夫)という存在に対して抱くモヤモヤは、残さないほうが良い。
なぜなら、PMSの時期に現れるネガティブな感情は、今後結婚や出産などのメンタルやホルモンバランスが変わりやすい時期にモンスターとなって女性を襲うリスクがあるからだ。
あの時の一言が許せないとか、自分のこんな所が許せないとか、心の底に抑圧しているネガティブ感情があるのなら、元気なうちに解消しておいた方が良い。
…ただ、あの暴力的な感情の波は、ちょっとただ事ではなかった。
27年間温厚な性格だった私をあれほどの怒りが支配してしまうなんて。
健全なメンタルの人間がやることじゃない。
私はかつてPMDD(生理前うつ)になり、抗うつ薬と(このブログに書いてあるような)心理療法で治した経験がある。
だから、メンタルの問題を放置するリスクを知っている。
(その時の話:【PMDD体験談】「生理前うつ」の症状と治す方法について)
一番いいのは、専門医に相談することだ。
まずは婦人科。
もっとメンタルの問題の根が深そうなら心療内科や精神科。
今回は私は病院には行かなかったけど、次に同じように感情を制御できなくなるときが来たら行かなきゃならんだろうなと思っている。
(私のPMSを見た彼氏には「婦人科に行こう」と提案されたけど、色々と話し合って心の問題が解決したのでとりあえず今回は見送った。)
女はつらいよ。
幸せは儚い。
だからこそ、全身全霊で今の自分を最大限幸せにするために思考し、実行する。
またいつかPMSで自己否定に走りそうになった自分のために、ここに書き残しておく。
「そうやって己と戦い続けるお前は、誰よりも美しい」と。