※これは、容姿に関することをパートナーに言及されて傷つき苦しむ全ての人に向けて贈る記事です。
「もしも彼女の胸が大きかったら」
これは、とある女性の体験談。
「彼氏に言われた冗談の一言が、どうしても忘れられなくて、つらくて苦しくて仕方がないんです」
優しい彼氏と付き合って、幸せの最中にいた彼女を、彼のその一言はどん底に落としたそうだ。

大きくなーれ、と彼はよく冗談で言っていた。
ある日彼女は、
「私の胸がもっと大きくなったらどうする?」
と尋ねてみた。
「えー、最高やん!」
彼氏は素直に言った。
男ってしょうがない、と彼女はその場では笑えたらしい。
しかし、それから事あるごとに、彼女の心に彼の一言が影を落とすようになった。
彼にハグされても
(本当は物足りないと思ってるんだろうな)
と思えてしまい、何も幸せを感じない。
彼からどんな愛情表現やスキンシップを受けても
ザルから水が溢れるように何も感じなくなってしまった。
「所詮、この私は彼にとっての“最高”ではない」
大きくなーれ、と言われるたびに
お前の胸じゃ物足りねえ。
胸が小さくてがっかり。
そう言われているのだと思った。
だから、彼女は彼を拒絶するようになった。
「〇〇子♡」と彼は彼女に抱きつく。
うるせぇよ。
自分の女にケチつけといて調子乗るんじゃねーよ。
他の巨乳女のとこにいけ。
「最近冷たくない?」と彼は子犬のような目で彼女を見た。
「じゃあ言うけど」
彼女は切り出した。
私の胸のことを大きさのことでどうこう言われるのが不快でした。
今の私じゃ不足だというように聞こえました。
何をどうしたって大きくならない可能性のほうが高いのに、何をどうすればいいのか。
豊胸でもすればいいの?
あなたも毎日、どこがとは言わないが「もっと大きくなーれ」と言われたら平気ですか?
「もっと大きかったらあなたは最高よ」と言われたら嬉しいですか。楽しいですか。喜ばしいですか。
…あ、後半の方は言いませんでしたけど。
こういうときに「常識的に考えてあなたはどうなの」とか「普通はこうでしょ」などという言い方は厳禁だと彼女は知っていた。
だから彼女はあくまで主観として、「ご存じなかったかもしれませんが、私はこういう言葉で傷つくんですよ」
と淡々と自己紹介するように伝えた。
それを聞き、彼氏はさっと青ざめた。
「ごめん、そういう意味じゃなかった」
「〇〇子を不満だなんて思ったことない」
「言われた方の気持ちを考えず軽率なこと言ってごめん。もう二度と言わない」
真摯に謝られると、彼女はそれ以上何も言えなくなった。
そうして、その時は終わった。
謝られても許せない理由

……しかし、彼女の苦悩は終わらなかった。
彼は彼女を気遣って、何も言わなくなった。
ハグしたときも、「最高〜」とか「幸せ〜」とかしか言わなくなった。
それでも。
彼女の心の中の黒いものは消えなかった。
胸の大きい子と付き合えなかったから私で妥協して、我慢してるんだわ。
私が不満を言ったから気遣ってるだけで、どうせ本心では「もっと大きい方がいい」と思ってるくせに。
彼女は彼を拒み続けた。
(ところで、豪邸のようなモデルルームに夫婦で見学に行ったときに
「わーすごい!最高!こんな家に住みたい!」と妻に言われて
「俺の稼ぎじゃこんな家無理だよ…」と落ち込む人がいるだろうか。そうでもない人のほうが多いのではなかろうか。
豪邸を夢見るのと同じだ。
巨乳はファンタジー。
別に本気で叶うとも叶えたいとも思っていない。
夢くらいでっかく持ちたいよねというものに過ぎない。)
「〇〇子?」
寝室の扉から、彼が遠慮がちに顔を出す。
彼女はスマホ画面から目を上げ、微笑む。
そしてまたすぐにスマホ画面に目を落とす。
気管が三分の一ぐらいの細さに狭まったように、呼吸するのが辛かった。
胸に鉛を詰め込んだように、気分が重かった。
彼はもう誠心誠意謝ってくれて、二度と同じようなことを口にしなくなったのだから、
これ以上彼と話し合えることがない。
彼女としては打つ手なしなのである。
それは浮気の疑いと同じで、
「私じゃだめなの?」「私以外の誰かなの?」と疑い始めると、
相手がどう弁明しようがもう取り返しがつかないものだった。
そもそも、「彼女の胸が大きけりゃ最高!」というのは、「ありのままの彼女を許せていない」ということであって、
それって「彼女以外の女」像に夢を見ているってことで、
「それは浮気と同等の罪なんじゃないのか」とさえ彼女には思えてくるのだった。
息をしているだけで、彼の存在が同じ空間にあるだけで、彼女の自尊心は削り取られていった。
「彼は私の胸の大きさを不満に思っている」というのは、果たして彼女の単なる思い込みだろうか。
彼女にはそうは思えなかった。
なぜなら、過去の彼は現実に「もっと大きかったら最高っ!」と声を大にして明言していたからだ。
彼女の心は彼を離れつつあった。
「どうやっても、もう私は彼の愛を信じることはできないのだから、彼と離れることで幸せになるべきではないか」
とも考えるようになった。
「最近どうしたの?」
と彼は気遣うように彼女に時々問いかけた。
そのシリアスな空気の中で、
「私の胸が小さいから云々」などと言えば、
あまりにも場違いに間抜けでくだらなく聞こえるだろう。
彼にも笑い飛ばされるかもしれない。そうしたら、余計に傷は深まるだろう。
だから彼女は苦痛を胸に押し殺した。
彼は、その一言で彼女が深く深く傷つくことを知らなかったのだ。
知っていたら、あんなことは言わなかっただろう。
冗談だと思ってもらえると思っていたのだ。
もしくは、何も考えていなかったのだろう。
そして――「悪気がない」ということは、「本心」だったんだろうな、と思えてしまう。
いっそ彼に悪意があればよかったのに。
傷つけるためだけに言った、偽りの言葉だったら良かったのに。
彼女はまだ、彼を許せないでいた。
愛していたら許せるだろうって?
彼女の心はそんなに都合良くできていない。
「私は綺麗」

ある夜のお風呂上がりに、ふと全身鏡が彼女の目に入った。
少し斜めになった角度。
目が行くのは、脇から緩やかなS字を描く曲線。
その造形に、彼女はハッとした。
美しかったからだ。
「きれい」
そう声が漏れる。
彼女の呼吸は少し速くなった。
母のお腹の中から今日まで細胞分裂を繰り返して、彼女の体は彼女たり得ていた。
彼女がここに明確な輪郭を持って存在するということが、彼女が完璧であるということの証明になっていた。
私は何も欠けてはいない。
私に足りないものなどない。
私の全てはここにあるではないか。
「きれい」
と言われた彼女の心は震えた。
今まで、きれい、と言われたことがあったかしら。
他でもない、自分自身に。
そう、私は、私を綺麗だと思ってくれるのね。
私のすべてを、許してくれるのね。
彼女の目から涙がほろほろと落ち始めた。
どこかの誰かに許され認められたかったのではない、私は私自身に認められたかったのだ。
彼女は声を押し殺して泣いた。
自分が既に完全であることに気付かずにケチをつけていたのは、彼女自身だったのだ。
今や彼女は、自分の細胞のひとつひとつが愛おしかった。
自分にない細胞を欲しいなどとはもう思わない。
何ひとつ付け足したり、何ひとつ取り除く必要はなかった。
ひとしきり泣いたとき、彼女の心は晴れ渡っていた。
彼の部屋に行くと、彼は珍しそうに彼女を見た。
このところ、彼女から彼の部屋に来ることは無かったからだ。
彼は何も言わず、立ち上がって彼女を抱き締めた。
この頃散々な態度を取っていたのにかかわらず、彼がなぜこんなにも愛おしんでくれるのか、彼女には理解できなかったが、
それでも、ここ最近感じていた彼に対する毒気は抜けていた。
「あー幸せ」と言う彼の表情を見ると、本当に幸せそうな表情で目をつむっていた。
その顔はどう見ても、彼女のどこかに不満を持ってそれを我慢しているような顔ではなかった。
さながら、無垢な子供のような表情だった。
ああ。
彼はいつもこういう顔をしていたのか。
私が見ていなかっただけで。
バカだ、と彼女の口元は緩んだ。
もう、どこの男にどう思われようがどうでも良かった。
私が私を綺麗だと言ってくれたから。
誰が何を言おうが、
私に何を付け足しても、何を取り除いてもいけないのだ。
なぜなら、私が愛する私は、ここにいるこの私だけだから。
満たされた私の隣には、同じく満たされた寝顔の彼がいた。
彼は今も昔も、こんな締まりのない顔をしていた気がする。
私の隣ではいつも。
彼の一言に傷ついたときには
さて、以上が彼女の体験記だ。

もちろん彼女だって、できることなら何を言われても傷つかない無敵の精神でいたいのだ。
いつでも凛として自信を失わないパーフェクトな女でいたい。
彼の言葉を単なる「いじり」として笑って受け流せる人も存在するのだろう。
でも、彼女は人間臭い人間だった。
どこにでもありふれた平凡な女だった。
そういうときに、絶対にしなければならないことは、
「あなたの言葉に傷つきました」
「私はそういう言葉に傷つきます」
と自己紹介することだ。
(男性という生き物は、教えないと気付かないものなのだ!)
もう一つは、「私は傷つきたくないので、今後はそういうことを言わないでほしい」という要望を伝えることだ。
(これも、男は言われないと気付かないのである!)
正解と不正解を分かりやすく示してあげること。
好感度のパラメータとその上がり下がりの根拠を明示してあげること。
さながら恋愛シミュレーションゲームのように。
「あ、今の選択肢がまずかったんだ!」
と気づいてもらうこと。
傷ついたときに「なんか不機嫌っぽい」感じを醸し出してみても、彼らは一切気づかないから。
そのことを彼女を含め女たちは理解しておかなければならないのだ。
もしその男性が彼女を愛し、傷つけたくないと思っているならば、
その大切な彼女が自分のせいで傷ついたことが分かれば
しっかりとその反省を心に刻み込み、(その場では何も言わなくても)
以後、一切言わなくなる。
そして、不謹慎ながらももし彼女と別れた場合でも、彼は彼女を傷つけたことを覚えている。
そして次に出会った相手には同じ間違いは繰り返さない。
もしあなたの彼氏が元からそういうことを言わない男性だったならば、
彼は人生のどこかの時点で「そういうことを言ってはいけない」ということを学んだに違いない。
もし彼があなたの傷つくことを言ってくる場合、
悪意があるケースは稀で、「ガチで何も考えていない」ことが多いと思われる。
つまり、無知なのだ。
「こういうことを言うと女性は酷く傷つく」ということを知らない、いわば青二才なのだ。
「あらまあ、この人、これまでに女性から学ぶ機会がなかったのね」と思うぐらいで良いのである。
いい男はその辺に転がってるのではない。
あなたが作るのだ。
それでも、傷ついたことを彼氏に言いたくないときは

彼氏に「そんなことで傷つくの?」「面倒くさ…」と思われたくないから我慢したくなる気持ちもあるかもしれない。
心が狭いと思われたくない。
そんなことで怒るなよ、小さい女、と思われたくない。
それでも勇気を出して言えるかどうか。
それは、二人の今後の関係性を左右する重大な分岐点になる。
もし彼の反応が
「そんなことどうでもよくね?」とか
「怒んなって」と軽々しく言ったりとか、
どうでもよさそうに目も合わせずに「はいはい」とか、
そういう、彼女の心をないがしろにするような態度をとるような男だったら、
「ごめんなさい。あなたといるよりも一人でいたほうが幸せだわ」と言って、
くしゃっとティッシュに丸めてポイすればいいのである。
(それができるようになるにはまず、「一人でいても幸せ」な状態にならなければならない。
幸せな恋愛をする唯一の方法は、一人で幸せになる力を身に着けることだ。
それがなければ、自分を不幸にする相手とずるずる仲を引きずってしまう。)
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だけど、そうじゃないかもしれない。
彼は、ごめんと真摯に謝ってくれる人かもしれない。
二度と言わないと決意を固めてくれる人かもしれない。
彼があなたが傷ついた姿を見てどう捉えるか、それを知らないまま関係を続けるのは、とても危うい。
そして、あなたが彼に伝える勇気を持てないというのが、それ以上に危うい。
あなたが傷ついたときは、彼にすぐに伝えた方が良い。
勇気を持て。
一歩を踏み出せ。
泣きながらでも良い。
感情を殺して淡々とでも良い。
(ちなみに筆者は喚きながら暴れながら伝えたこともある)
どっちにしても、あなたが心から伝えるならば、その思いは彼には伝わるだろう。
(伝わらない、もしくは気づかぬふりをする男なら、ティッシュに丸めてゴミ箱に――以下略)
夢見る男の子に無関心という愛を注ごう

彼女は、自分の完全性を自負できたときから、
男性が抱く「大きな胸への大きな願望」が心底どうでもよくなった。
「好きに夢見とけば?」という具合である。
何を良しとするかは、
他人のメガネで見ても良いことはない。
例えば彼らは、
たとえ彼女が、淡いラベンダー色の地にくすんだ色の繊細なレースが重なった、大人っぽさとあどけなさのバランスの取れた美しいランジェリーをつけていても、
その本質的な良さにはまるで理解が及ばず、
「布の面積の小ささ」とか「どれくらい薄くて透けてるか」「どうやって外すのか」とかにしか関心がない。
(「下着可愛いね」とか言ってくれるのは、ある程度というかかなり恋愛経験があって女心のツボをおさえるための知識と経験があり、かつサービス心のある男だけだ)
女たちの世界は、絶対に彼らには分からない。その逆も然り。
女の夢と男の夢には、接点がまるでないのである。
だったら、私たちは私たち女の世界と一体化していようではないか。
女の夢が現実になる、その世界の美しさを、私たちが私たちであることの喜びを一身に受けていようではないか。
男のロマンを「くだらない」だとか「現実はこうなのに」だとかジャッジしたりせずに、
「無関心という自由」「自由という愛」を注ごうではないか。
興味がないということは、つまり、お好きに自由にどうぞ、ということである。
その自由が許せないというのであれば、
もしかすると、あなたが許せていないのは、
あなた自身なのかもしれない。
