お金なんか無くていい、と思えた頃にお金は稼げるようになるのだろう

桁違いのお金を稼げるようになる時というのは、

「もう、お金なんか無くたってええわ」と心から思えるようになった時なのかもしれない。

 

 

夢が叶う時というのはそういうときだ。

 

手に入れる必要などない、という境地に至った頃に、欲しいものは手に入る。

 

「恋人とかいなくてもいいや」

「一人で幸せだわ」

と心から思えるようになった頃に、恋人ができる。

 

「こんだけやったんだから、もし落ちてても文句ないわ」

と思ってたら、試験に受かっている。

 

 

「憧れ」であるうちは、”それ”は手に入らない。

手に入れられるだけの「身の丈」になっていないからだ。

 

 

そして、「憧れ」られているものは、

実際に手にしてみるとひどく現実的な色彩を帯びているものだ。

 

その「手にしたもの」と絶えず向き合っていかなければならないし、

「それを手に入れた人」というレッテルは一生ついてまわる。

 

 

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お金がほしいのは、不安だから

私は今、お金が欲しい。(直球)

 

前までは、お金にはそんなに興味が無かった。

今も、足りないというわけではない。

 

ただ、将来的に足りなくなるかもしれないことが怖いのだ。

 

恥や虚栄心や恐怖心。

心に巣食うそれらのせいで、お金がほしくなっている。

 

 

将来への不安。

 

この先、もしかしたら結婚するかもしれない。

子供が生まれるかもしれない。

離婚してシングルマザーになるかもしれない。(考えすぎ?)

 

そうなったときに、生活水準が下がることが怖いのだ。

 

だからお金を稼いでいたい。

 

どうも俗世に染まってきたな。

どうして染まってきてしまったのか。

わたしの心がけが悪いのだろうか。

 

 

私はうつ病を乗り越えて幸せな日々を手に入れた。

彼氏もできて、色んな願いが叶ってきてしまった。

それで幸せだったはずだ。

 

でも、人間の心は満足を知らない。

 

 

早く「与える人」の境地になりたいのだけど、残念ながらまだなれそうにない。

 

「与える側」というのは、「やりたいことは全部やってきた」という人が到達できる境地なのかもしれない。

 

私には、まだ自分の幸せのために生きることしか考えられない。

それじゃダメですか?と自分に問うてみる。

 

お金なんかなくていい、と思えるようになりたい

当分、私が目指さなければならないのは、

「もう、お金なんか無くたってええわ」

という境地である。

 

でも、どうやったらそこに至れるのか?

 

欲しいバッグも靴も尽きない。

おいしいご飯も食べに行きたい。

 

親に心配をかけたくない。

いつか生まれる子供に恥ずかしい思いをさせたくない。

 

「いつかお金が無くなって生活水準を下げないといけなくなること」への恐怖心が、私の中にはある。

あまりお金に困ることのない家庭環境で育ったからかもしれない。

 

 

 

でも、そのままでいいのかもしれない。

 

将来のお金への不安を原動力に、やりたいことに全振りしていけばいいのかもしれない。

仕事にもどんどん熱を上げていけばいいのかもしれない。

今は仕事がすごく楽しいから。

 

そうすれば、そのうち身の丈に合わない欲望はなりを潜め、

自分に自信も付き、稼げるようにもなるのかも。

 

 

もう随分長く「自分を幸せに保つ」ことに全振りしてきた。

次に目指すのは

「もうお金なんかなくてもええわ」と言えるようになることだ。

 


 

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生きづらさの解消方法・幸せに生きる考え方・うつ病の治し方をお伝えしています。
過去にうつ病になり、考え方を変えることで完治させた経験あり。

典型的なINFP人間。
モットーは「自分の幸せを第一に生きる」。
現在会社員をやりながらADHDの夫と暮らしています。

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