好きな色や気になる色で分かる心理とは、自分に必要な力を色で補おうとしているということ。

「色」とはものすごく大事なもので

身の回りの色、特に身に着ける色というのは気分に直結する。

 

(服の色で人生まで変わる話→着る服の色で人幸福度が上がり人生が変わる! )

 

 

その時々で惹かれる色というのがあって、

それには大体理由がある。

「ピンクの物ばっかり買ってるな」という時期もあれば

「ベージュの服ばっかり着てるな」とか

「今週はなんか視界がライムグリーンがかって見えるな」とか。

 

今回は、その色に惹かれるときの心理についてのお話。

 

目次

ピンク色に惹かれるとき

大学生5~6年目、

うつ病の療養からから復帰した頃、

ピンクが好きになった。

 

自分を大事にすることにようやく気づいた頃で、自分への愛に目覚めた時期だった。

 

かばんに入れるハンカチ、

財布、服、バッグ、部屋のカーテン、

ピンク色の物がどんどん増えた。

 

それまでは、ピンク色なんて「ぶりっ子が好む、いけ好かない色」だと思っていたのにね。

 

 

ピンクの物が増えるにつれて、より一層自分にかける愛情が深くなっていった。

私は、私からの愛に飢えていたのだ。

 

「ピンクが好きになるときは恋愛運が高まるとき」

という胡散臭い説があるが、

実際、今の彼氏(後に)に出会ったのはこの頃だった。

 

ピンクとは、一番「私的な領域」の色だと思う。

公的なシーン、ビジネスシーンには出会うことのない色である。

 

そして同時に、ピンクには女性性を増幅させる心理作用がある。

 

ピンクは人間関係の中で「私的さ」と「女性性」を感じさせる。

だから「私情」が生まれやすいのだろう。

 

だから、身の回りにピンクが増えるときに恋愛的な機運が高まるというのは何となく頷けてしまう。

 

 

ちなみに「恋愛」の対義語は「ビジネス」だと私は思っている。

男性と会うときに、青いシャツを着たときと淡い桜色のニットを着たときでは、明らかに相手の接する態度が変わる。

つまり、身にまとう色次第で人間関係はコントロールできるのである。

 

 

 

私は、その時期に気が済むまでピンク色の物まみれになり、満足して、最近はそれほどピンク色の物は欲しくならない。

20代後半になるともっと落ち着いた色が好きになってきた。

 

 

ピンクを見てると幸せな気持ちになる。

 

 

ピンクに惹かれるとき、それは「私的な領域」にいる自分に、温もりや愛情を与えるべき時なのだと思う。

 

黄色が好きなとき

子供の頃は黄色が好きだった。

 

黄色が好きなのは「明るい人」というイメージがあるかもしれないが、

私は違う。

 

私は暗かった。

 

 

根っから明るい人が黄色い色をまとうのではない。

「根っこは暗い」人が、

明るい色で「陽」の気を補う必要があるのだ。

 

暗い人が暗い色を身にまとったら

もう闇に隠れて見えなくなってしまうからね。

 

黄色が好きだった私でも、うつ病になってからは黒ばかり着るようになった。

暗い人が黄色を身に着けるのは、闇落ちしないための、せめてもの足掻きなのだ。

 

 

黄色が好きだったのは、「陰のない色」だから。

圧倒的なポジティブ性。

まごうことなき「明」。

 

 

自分にない「ポジティブさ」「明るさ」を補うために、

明るい黄色の物を持つ。

 

黄色い服、

黄色い筆箱、

黄色い財布、

黄色い傘。

 

子どもの頃から好きだった色。

ネガティブで常に息苦しさを抱いて生きていた、物心ついてから成人するまでの私に元気をくれた色。

 

 

ちなみに今は「黄色、めっちゃ好き!」というわけではない。

うつ病を治したことで、もうそんなにネガティブな性格じゃなくなったのだ。

黄色の持つ明るい力がなくても、明るさ、前向きな気持ちを維持できるようになったのだ。

 

 

でも、何となく黄色には愛着がある。

長く付き合ってきたので「私の色」という感じがする。

 

 

黄色に惹かれるとき、それは必ずしも明るい気分の時ではなく、

闇落ちしないように、自分に明るい光を与えたい時なのだと思う。

 

青色が気になるとき

青に惹かれるときは、

思考が仕事モードになっているとき。

沈着さと信頼を重視したいとき。

 

基本的には私はプライベート重視型なので、

あまり青色が必要だと感じる時期はなかった。

 

 

のだが、最近、仕事に行くときに

「どうしても青を着なきゃ」

という日が来るようになった。

 

そうなると、もう絶対青ではないといけないのだ。

 

でも、いかんせん青い服を持っていない。

だから急いで服屋を探しまくった。

 

 

青というのは、無条件に信頼度が高まる色である。

黄色や赤の服を着ている人と、青を着ている人をパッと見比べた瞬間、

もう思考で意識する前に、「青の人は大丈夫そう」と刷り込まれる。

 

人は外見で、それも「色」で大体決まるのだ。

だから、色を侮ってはいけない。

 

仕事上「青」は便利な色である。

青系全般ね。

紺色も水色も。

 

モノトーンよりも地味にならず、青の彩度や明度によって華やかさ、明るさ度を調整できる。

かつ「青」でさえあれば、無条件で”きちんとして”見えるのだ。

 

仕事で信頼を得るためにも、もっと青い服をそろえていきたいと思う。

 

 

だが私は、プライベートで青い物を持つことができない。

なぜかというと、青を持つと私は「沈む」からだ。

 

黄色のところでも言ったが、私は根っこが「暗い」。

 

青という沈静作用を持つ色を持つと、沈み過ぎてしまうのだ。

 

 

対して、プライべートでも青が好き、という人は、

なんかすごく、飄々として自然体、な感じ。

そして、あまり感情に波がない。

 

 

こういう、何事に対してもあまり固執せず、青い色に囲まれても動じない人というのは、

実は一番他人に対して優しいと思う。

私情や感情に振り回されないから、物の見方が客観的で大人なのだ。

他人が何をしても「許せん!キー!」とならずに、「まあそういう人もいるよね」とさらりと流すことができる。

 

寛容というか、包容力があるのだ。

包み込む母性、みたいな包容力ではなく、「まぁ何でもありじゃね?」という受容力。

ちょっとうらやましいメンタリティである。

 

緑色に惹かれるとき

緑色が欲しくなることは、個人的にはあまりないのだが、

たまに夏に発生する。

暑いとき、クールダウンしたいとき。

 

 

普段から緑色が好きな人は、中身もフレッシュな人なのかというと、実はそうじゃないパターンがある。

意外と自分の「暑苦しさ」をクールダウンさせてくれるものを欲しているのだ。

 

 

緑が好きな人の根っこは、実は意外とギラギラしていることがある。

それは競争心だったり、活動力だったり、何かしらのバイタリティを根っこに持っているのだ。

 

そんな人が赤とか黄色のような活動的な色を身に着けてしまうと、エネルギーが増幅されすぎて大変なことになる。

緑色を欲する人は、本能的にそれを悟っているのだと思う。

 

 

私は、根っこが緩いしあんまりギラギラしたものは持っていないので、

緑色の物は全く持っていない。

緑を身にまとうと、落ち着き過ぎて、土に埋められてしまう感じがする。

活動力を吸い取られ過ぎて、根っこが地面に埋まって動けなくなってしまうのだ。

 

 

ただし、同じ緑でも、淡いミントグリーンの服はいくつか持っている。

ミントグリーンは、緑に「白」が多分に混ざっているので、「白」の持つ軽さや明るさが緑の重さを緩和してくれるのだ。

ほどよく柔らかく、かつフレッシュな気持ちになって非常に心地が良い。

 

緑というのは、私のような沈みやすい人間には、適量を摂取するのが良いのだろう。

 

緑は、強すぎたり暑苦しかったりするバイタリティを落ち着かせ、適正量にバランスを整えてくれる。

そんなときに本能的に欲してしまう色。

 

紫に惹かれるとき

紫っていうのは、遊びと真剣が同居している色。

ウインクしているイメージ。

 

会議中なのに、端っこの席でウインクで目配せしてる。

真面目なのに、どこか遊んでいる。

 

または逆に、遊びなのに真剣。

遊園地に来て、本気の眼差しでホッケーを始めるみたいな。

 

 

そういう「こどもおとな」「おとなこども」の色のイメージ。

遊びを忘れない。

奔放さがあり、大人の理性もあり、まあ平凡な表現で言うと「魅力的な大人」の色だ。

 

 

だって、あえて紫色を選ぶ理由って何だ。

真面目に会議に出たい時には、青を着ればいい。

パーティの主役になりたいときは、赤を着ればいい。

 

紫が選ばれるのは、その中間、どちらとも取れない気分の時を表現したい時だ。

青と赤のどちらでもない、「紫色」でしか表現することができない時だ。

 

 

そういう、会議での隅っこで一人パーティーを繰り広げちゃう人というのは、やはりその余裕というか、茶目っ気が色気になる。

紫に心惹かれる、というときは、そういう魅力が高まっているときだ。

 

 

これが淡いラベンダー色のような薄紫色になると、紫に白が含まれる。

紫の場合は赤と青を混ぜるのだが、

薄紫色は、ピンク(赤+白)と水色(青+白)を混ぜることになる。

そうすると、奥深い色気はより緩和され、より軽やかになる。

 

ピンクではないので「いや、そんな主役とか狙ってませんし?」という控えめさが出るが、

水色でもないので、「地味とは言わせない」と、ある程度の主張をする。

 

子供の頃のピアノの発表会はなぜかいつも薄紫色のドレスを着ていたなぁ。

真面目過ぎず華やかに、でもギラギラしておらず控えめで、そして軽やか。

 

 

紫は、そういう微妙なニュアンスを表現するに適した色。

どこにも振り切らない、大人の魅力を引き出すのに最適な色とも言える。

 

 

よく紫色を好む人は神秘的とか謎めいていると言われるが、別にそんなことはない。

むしろ紫は、計算高い大人が計算ずくで選択する色なのである。

 

黒に惹かれるとき

黒色が欲しくなる時。

「無難だから黒でいいや」の時と、

「黒でなければならない」という時に、黒は選ばれる。

 

逃げの黒と、攻めの黒。

 

逃げの黒は目には留まらない。

なぜなら、人の目に留まりたくないために選ばれた黒だからだ。

 

一方、攻めの黒には存在感がある。

そしてその黒は、美しい。

 

 

ただ、どちらにも共通していることがある。

 

黒は、太陽光の下にいる前提では選ばれない。

黒を選ぶとき、人は人工的な光の下にいることを前提とする。

なぜなら、黒い色は日の光を浴びて輝く色ではないから。

 

黒とは、何がしかの建物の中で、人の目に映ることで「美しい」とか「暗い」とか「禁欲的」だとか、何かを感じ取られるために存在する色である。

黒とは、他の色とは違って、自然界ではなく、完全に「人間界の色」なのである。

 

お天道様の元に、全てをさらけ出すわけにはいかない。

だけど、黒は、確実に「誰かに見られること」を前提とする色だ。

 

だから、黒という色は矛盾している。

白日のもとにさらすわけにはいけない、という色でありながら、

しかし、人間の目に触れるためにある色。

 

誰にも咎めさせない!という強い気持ちと、

咎められたくない、という弱い気持ち。

 

黒を選ぶとき、人は矛盾する。

こう見られたい。そして、見られたくない。

 

そこには必ず「人間」がいる。

 

 

私は、うつ病になった時に黒やダークグレーばかり好んでいた。

太陽や、光が怖かったから。

有彩色のエネルギーに、負けそうだったから。

 

そんな、人の精神が極限まで弱った時に、心に静かに寄り添ってくれるのも、黒や薄墨色だ。

 

黒に安らぎ、黒に憩う。

見た目の強さや暗さに反して、黒い色はとても優しい色なのだ。

 

 

そんな黒に惹かれるときというのは、「黒色でこそ整う何か」「整えたい何か」があるときだ。

それは、胸騒ぎであったり捨て去りたい欲求であったり、削ぎ落したい「自分らしくない部分」であったりする。

 

黒色を選ぶことで、自分の中の一本の筋がすっと通って安心する、

そんな作用が黒にはあるように思う。

 

白に惹かれるとき

白に惹かれるのは、

元気なときか、

元気がないときだ。

 

希望に満ちているとき、人は色を選べない。

予想もつかない明日への期待、弾ける希望にとって、「色」は邪魔になる。

 

頭の中で色んな色が渦巻きそうで、でも何一つ予想できないとき、

そのごちゃごちゃを潔く削ぎ落とすように、人は「白」を選ぶ。

 

 

または逆に、色んなものを摂取過多になって胸焼けしているときは、どんな色を見ても気分が悪くなる。

そんな時も、白い色を選ばざるを得なくなる。

 

 

白とは、光を集めて反射する色だ。

 

だから、中途半端なテンションの時は、白い色の持つテンションについていけない。

 

白に惹かれるということは、他のカラフルな色は要らないということだ。

つまり、自分の中のごちゃついた何かを「もういらん!」と吹き飛ばしたい時。

 

 

黒がすべての色を内包して覆い隠すとすると、

白は逆にほかの色をそのクリーンさで弾き飛ばしてしまう。

白と黒には、そういう作用の違いがある。

 

 

十分にエネルギーに満ちていて、どんな色も必要としない時。

それか、ごちゃついたものを排出してデトックスしたいとき。

そんなときに、人は白い色を欲する。

 

 

ベージュに惹かれるとき

そういう女性は多いと思うが、20代後半ぐらいからベージュが好きになった。(ピンク好きが落ち着いた頃)

ベージュの良さが分かるようになった。

 

上品で、

美しく、

慎ましやかで、

明るさと暗さが同居してて、

 

まさに大人の女性の色。

 

一歩間違えるとおばさん色。

でも、そういう「無難に見えて、取り扱い注意」な繊細さが好き。

 

ベージュを品よく使いこなす女性を見ると、凝視してしまう。

 

 

話が逸れたが、

ベージュに惹かれる時、というのは、何を欲しているかというと、そういう

「上品で、慎ましやかで、明るさと暗さが同居」しているイメージを欲しているときである。

 

ベージュを欲するときは落ち着いた気分の時、なのではない。

落ち着きたいから、落ち着かせたいからベージュを選ぶのだ。

 

 

ベージュが好きになってくる時期は、

例えば子供の頃から見ていた国民的アニメなどをふとした機会に見たときに、

「子どもの頃と違って、今は親世代の目線で見てしまっている…!」ということに気付く時期と重なると思う。

 

 

他の色とは違って、ベージュというのは、圧倒的に子どもからの人気が無い。

大人になって良さが分かる色。

大人にしか良さが分からない色。

 

 

そんな「大人性」を身に着けたい時に惹かれるのが、ベージュ。

 

赤に惹かれるとき

今まさに赤に惹かれている。

だから長くなります。すみません。

 

 

今までは、「足りない力を色で補う」という方向で論じていたが、

赤は少し違う。

 

赤色に惹かれるときというのは、その色のイメージの通り、何かとギラついてるとき。

見えなくても、胸の奥でふつふつと何かが沸き起こっているとき。

 

「私は私ですが何か?」という、前のめりな、やや喧嘩腰の感覚。

 

分からないけどものすごく胸がザワザワしてカッカと燃えていて

「何かが起きてる」感じがする。

 

 

赤はそれを抑えるのではなく、逆に増長してしまう。

だけど、それでいい、むしろもっと勢いづいていきたい、という時に、赤は必要になる。

足りないものではなく、得ているエネルギーの火種をさらに燃やしてエンジンにするために、赤を欲するのだ。

赤い物が、きっと自分の中の何かを後押ししてくれる。

 

 

赤は、どこにあっても一番目立つ色である。

「花形」の色。

警告の色。

リーダーの色。

 

 

その「赤」を欲する、ということは、

「没個性的でありたい、目立ちたくない」という心境から外れてきている、ということだ。

 

世に対して何か主張したいことがあるような気がする。

ギラついてる。

 

「私がこう言ってるんですけど。」

「私は私のやり方を貫くから邪魔しないでくれますか。」

というような。

 

「謙虚」とか「自信がない」感じの姿勢が消え去って、

「勝っていく」感じがする。

「こうなったら”勝ち”」という自分の中のイメージに向かって突き進んでいる気がする。

 

 

 

「○○したらどうしよう」「○○になったら嫌だな」という迷いや不安よりも、進んでいきたいという心境の時。

 

 

でも、これが行き過ぎると

「自分のやり方や意志を曲げない頑固な人」になってしまうのだと思う。

 

赤を好む人というのは、良くも悪くも「自分」を前に出していく人で、

周囲の人たちの建設的な意見を聞かなくなってしまう危険性がある。

 

 

だから、赤色に惹かれる時は、赤の気質を助長させ過ぎないように気を付けた方が良いのかもしれない。

強い分、バランスが悪い色なのだ。

 

 

それでも、やっぱり何か推進力が欲しい時、前のめりになっているときに、赤は力になってくれる色だ。

 

 

必要な力を補う色に惹かれる

よく言われるのは、その時の心境に寄り添う色が好きになる、という説だ。

 

でも私は、その時の「自分に必要な力をくれる色」を好きになる、とも思っている。

 

穏やかな気分だから穏やかな色が好きになるというより、

穏やかさが「欲しい」から穏やかな色が好きになる。

 

明るさを補いたいから明るい色に惹かれる。

 

 

好きな色の理由を分析することで、今自分が欲しいものが分かるのかもしれない。

 

このブログの運営者

生きづらさの解消方法・幸せに生きる考え方・うつ病の治し方をお伝えしています。
過去にうつ病になり、考え方を変えることで完治させた経験あり。

典型的なINFP人間。
モットーは「自分の幸せを第一に生きる」。
現在会社員をやりながらADHDの夫と暮らしています。

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