うつを患っていた当時
「家族にはこんな感じで接してもらいたいな」と感じていたことを今回は書きます。
家族がうつ病になった方は、今回書くうつ病の経験者からの目線をどうか参考にしていただければと思います。
もし家族など同居している誰かが「うつ」になったら?
うつ病患者を見守るときに大事なのは、「うつの状態を受け入れてあげること」「朗らかに過ごすこと」です。
現状を丸ごと受け入れ、気に病まず、悲観せず、楽しく元気に過ごすということです。
難しいでしょうか?
これは、「うつ」かどうかわからない引きこもりのような状態の家族がいる場合も同様です。
家に引きこもっている家族(同居人)に対して、
「学校はどうするの」
「仕事はどうするの」
「早く何とかしてほしいのに」
「この先どうするつもりなの?」
と、気に病んだり、悲観したりする必要はありません。
むしろ、してはいけません。
あなたの悲観は、引きこもっている本人に伝わります。
あなたのネガティブが彼らをどんどん悪化させるのです。
先のことを「悲観」「心配」する必要はありません。なぜなら、未来がどうなるかは誰にも分からないから。
見えない未来に怯えているのは、幻に怯えているようなものです。
必要なのは「万一に備えること」それだけです。
そして、考えても分からない未来のことを気に病まず、「今に生きる」こと。
ところで、もしも家族が完治するか分からない病気にかかったとしたら、どう接しますか?
うつのような精神疾患ではなく、身体的な病気にかかったら?
「仕事してくれないのは困るよ」
「早く何とかしてくれよ」
などと、本人に向かって言いますか?
そんな態度を取りますか?
しないでしょう。
本人を不安がらせないように、大丈夫だよと励まし、できるだけ明るく穏やかに接してあげると思います。
うつ病も同じなんです。
本人はうつの症状に苦しんでいる。
彼らにしか分からない苦痛にもがいているのです。
鉛のように重い体。
一滴も活力が湧いてこない体。
うまく回らない頭。
真っ暗闇のような絶望感。
でもぱっと見は、ゲームばかりしたり、動画ばかり見ていることだって多いです。
そうでもして気を紛らわせないと耐えきれないほどの激痛が胸を襲っているのです。
彼らの心には深い絶望があり、ぼうっとしていると「死」へと誘われかねません。
その闇と向き合わなくてすむように五感を逃避させるには、ゲームとか動画とか、視覚・聴覚的に刺激が強いものが最適なのです。
でもそのせいで、誤解を受けやすい。
「同居人」「家族」の言動は、うつの人の心に最も影響を与えやすいものです。
一番近くにいる人々の何気ない言動が救いになることもあれば、絶望へ叩き落とすこともある。
だからといって、腫れ物に触るようにうつ病者と接する必要はありません。
あなたはただ、朗らかに生きてください。
自分の人生を楽しむことを頑張ってください。
なぜかというと、
「うつ」の本人が一番嫌がるのは、自分のせいで誰かが不幸になることだからです。
そして「うつ」の時は、第六感のようなものが冴えます。
他人のネガティブな感情に過敏になるのです。
家族の誰かがリビングで少しいらいらしていたら、うつ病者はそれを敏感に感じ取り、「自分のせいでイライラしてるのだ」と考えがちです。
誰かがため息をついてるのを聞けば、「自分のせいで悩んでいるのだ‥‥」と思って、心に大ダメージを食らいます。
だから、同居人ができるだけ朗らかに過ごしてくれることが、うつ患者にとってはとってもありがたいのです。
風邪をひいた人がいたら、部屋の冷房を控えめにしたり加湿したりしてあげたいでしょう。
そんな風に、病床を快適な環境に整えてあげる思いやりが「うつ」にも必要です。
うつの本人が「自分のせいで不幸になる人なんていないんだ」と思うことができるように、楽しく日々を過ごしてください。
普段通りに朗らかに過ごすための考え方
でも、大事な人が「うつ」なのに、明るく楽しくなんて過ごせないよ。
そう思った方。
・・・なぜそう思うのでしょう?
うつは簡単には治らないからですか?
うつになることは恥ずかしいことだからですか?
稼ぎ頭がうつになって、生活費に困るからですか?
純粋にかわいそうだからですか?
うつは必ず治ります。
薬を飲んで、ちゃんと「心を」休ませれば、まあ最低でも2・3ヶ月はかかると思いますが、治ります。
「この人はいつになったら動けるようになるのかしら・・・」
なんて心配をするくらいなら、彼らの心を安らかにすることを第一に考えてください。
まずはあなたが「今は療養に専念する時なのだ」と考えを改めてください。
うつは焦れば焦るほど治りません。
焦るというのは、「心を休ませない」ということだからです。
「早く治ってほしい」と周りの人が思えば思うほど、うつの人は心が休まりません。
「早く何とかしなくちゃ…」と焦ってしまうからです。
うつ病の人に、何かを「やらなきゃ」という気持ちにさせてはいけません。
「早く治さなきゃいけない」ではなくて、
「あ、私、今なーんもしなくていいんだ。」とか、
「生きてるだけでいいんだ。」と思えることが、「うつ」を治す第一歩です。
「なーんにもしなくていい」と思えば一気に心の重荷が取れて、回復に向かいます。
そうすれば、一人で勝手に何か行動し始めます。
お金がないなら、周りの健常者が何とかすること。
本人は病気なので、脳の働きが鈍っています。
今の状況に対して、何らかの経済的補助が受けることができるか徹底的に調べる。
そして病人に余計な心配をさせないことです。
周囲にとやかく詮索されたら、「体調不良で療養中」だと本当のことを言っておけばいいのです。
うつを受け入れること、受容する力について
彼らが「うつ」であるという現状に不満を抱くということは、彼らの今の状況を否定しているということ。
彼らにとっては、「今の状況」=「自分」です。
今の状況が不満だということは、彼らの存在自体が不満だということになってしまいます。
だから、大切なのは「受容」。
現状を両手を広げて受け入れ、現状に満たされること。
うつでもええがな。生きとるんやから。
そんな器の大きさが必要です。
どうすればそんな風にどっかりと構えていられるのか。
それは、うつという「敵」を知ること、
そして「今」を生きることです。
うつを知ることとは、うつの症状、うつの治療について学ぶことです。
誰しも「うつ」の経験がないと、「うつ」と聞けば得体が知れない病のように思い、必要以上に不安になります。
ネットで検索すれば情報は出て来るし、本屋に行けば今や必ず「うつ」関連の本が置いてあります。
情報の出どころ、信ぴょう性に注意して情報収集すること。
一番いいのはお医者さんにかかることです。
今を生きるとは、過去や未来ではなく、目の前のことから目をそらさず、見つめ、感じ取ることです。
例えば、ゆっくりとお茶を淹れて、一緒に飲んで、今日あったことなど他愛ない話をしてみる。
「うつ」を、日常のものとして受け入れる。
未来の心配をしても意味がない。
なぜなら未来に何が起こるかなんて、誰もわからないから。
大丈夫やで。
今は何にも心配せず、ゆっくりしい。
もし私の同居人が「うつ」になったら、そんな風に思って過ごしたいと思います。
愛すべき家族がかつて私にそうしてくれたように。
家族に死にたいと言われたら→死にたいと言われたときの答え方。彼らが求めている言葉とは。