発達障害が障害ではなく「特性」と呼ばれる未来がやがて来る

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左利きの自分は、マイノリティの気持ちが少しわかる

左利きに生まれたことで、一回だけ泣いたことがある。

 

それは、ブラジャーのホックを一発で留められないのは「左利きだから」なのだと知ったときだ。

 

 

 

 

「左利きに生まれたせいで、そんな簡単なことも出来ないのか」という自分への不憫さと、

「ああなんだ、左利きだったからなのか。私がとびきり不器用だったわけじゃないんだ」という安心が入り混じった感情だったと思う。

 

 

私はこう生まれついたから。

 

 

 

 

左利きは一種の障がいのように扱われていた時代があった。

 

私はそんな時代に生まれなくて良かったと心底思う。

 

 

 

 

 

障がい者やマイノリティはいつだって、自分を弁護して、正当化する必要が出てくる。

それでも傷つけられて、隠そうとして、でもふとしたときに特性が出てしまって、

 

なんでできないんだと奇異の目で見られ、

 

 

「あっち側の人たち」と「私たち」というように、

 

この世に見える世界を分断してしまう。

 

 

 

マイノリティとして迫害を受けることは、

左利きが単なる個性として認められる時代に生まれた私であっても、

何となく想像がついく。

 

といえば、本当に傷ついてきた人に怒られるだろうか。

 

 

 

 

マイノリティの人たちにだけ見える、世界の分断線

ADHDの人たちが集まる場に行ったことがあった。

 

同じマイノリティでも、彼らの特性は人生に影響する度合いが左利きとは違う。

 

 

彼らの多くは、「こっち側」「あっち側」と世界を分断して見ているように思う。

 

それが私には時折、寂しい。

 

 

 

 

私は、左利きであることで受ける苦痛に対して、どこか「快」を感じている。

 

薄汚れた「優越感」だ。

 

 

自分で努力して勝ち取ったわけでもないのに。

そのおかげで何かの一芸に秀でているわけでもいのに。

 

 

 

「あーあ、改札の定期かざすのいちいちムズいわ〜」

「このハサミ全然切れへんわ〜」

などと、自分が偶々『選ばれし左利き』であるせいで、皆には分からない苦労をしょいこんじゃうことに優越感を抱いて、

そんな自分を客観的に見ると、非常にみっともない。

 

 

 

 

マイノリティでい続けることは、何となく気分がいい。

 

何もしなくても自分が「何者か」であれるからだ。

 

「皆には分かんないだろーけどさ!」という。

 

 

 

 

そのとおり、皆には分からない。

 

そう簡単にはわかってもらえない。

 

 

 

だからわたしたちはまず、

「皆には私たちの苦労は理解できない」

ということを理解し、認めなければならない。

 

 

そうしないと、いつまでも

マジョリティvsマイノリティの壁は埋まらない。

 

 

 

「彼らには私たちのことがわからない」と理解することは、

あきらめることとは少し違う。

 

あきらめとは、行動をやめてしまうことだ。

 

 

ではなく受容。

受容は、「気の持ちよう」「心がけ」だ。

 

 

 

子供の頃、大人が言う「子供には分からないだろうけど」といった台詞が大嫌いだった。

 

そこには、子供という「別世界の人間」を

見下す気持ちが入って見えた。

 

 

大人にしかわからない世界がどれほどのものか。

大した価値もないくせに。

 

 

 

はなしがそれた。

そう、世界を「私たち」と「それ以外」で分断することの寂しさについてだった。

 

 

マジョリティに属する人々には、そもそも

「私たち以外」という概念がない。

 

マジョリティにとっては、この世界はひとつのはずなのだ。

 

 

そこで、「違う人」に出会うと、ものすごく驚いてしまう。

 

その異常事態に、頭は疲れてくる。

場合によっては、胸がざわつき、恐怖する。

 

そして、居心地の良かった「ひとつの世界」を維持しようと、

異分子を排除しようとする。

 

 

こんなマジョリティの人々の世界で、

マイノリティが居場所を見つけるのは簡単ではない。

 

そんな社会をマイノリティであるあなたは受容できるのか。

あなたを排斥しようと躍起になる社会を。

 

そんな菩薩のような心を持つのは難しいことだろう…。

 

 

障害が障害じゃなくなる未来も来るんじゃないか

左利きの話に戻すと、

彼らは一昔前は「右手が使えない障がい者」だった。

 

「皆が使えるはずの右手が使えない」

と言えば、確かに身体能力の「欠損」のように聞こえる。

 

でも、今は左利きはただの「個性」というか「体質」というか、「身体的特徴」に過ぎない。

 

 

ということは、あらゆる「障害」と呼ばれているものは、

障害とは呼ばれなくなる未来だってあるのではないか。

 

 

 

かつて、左利きは当然のごとく「治すべきもの」「矯正すべきもの」だった。

でも今は、単に「右手ではなく左手を使う人もいるよね」という認識に変わっている。

 

 

 

それなら、あらゆる身体・精神的「障害」は、

単なるその人の「特性」ではないなどと、

どうして断言できるだろう。

 

 

 

「障害者」って何だ。

「マジョリティから外れている人」というだけではないか。

 

 

だったら私は右手機能障害者だ。

小学校の習字の時間が大嫌いだった。

 

 

 

だからといって、マイノリティであることを得意に思うのもダサい。

「左利きだぜ!どやぁぁ」なんて言うのは無能な証拠だ。痛々しい。

 

一流のスポーツマンなら「やっぱり左利きは有利ですよね~」なんて言われても喜ばないだろう。

一流にまで昇りつめたのは左利きの恩恵ではない、俺の努力のおかげだ、と。

 

 

もしも子供ができて、その子がマイノリティだったら

もし自分に子供ができて、その子が生まれつきマイノリティな特性を持った子だったらと考えてみる。

 

(妊娠の予定はないけど→母に学ぶ、子育てするときに心がけたいこと

 

私の母は、幼い私が左手を使っていることに気付いて、

「可愛い」と思ったそうだ。

「この子は私とは別の人間だ」と実感したと。

 

 

小学校3年生の頃、

先生に、習字は右手で書きなさいと言われた。

それを母に告げたら、母はすぐに担任の先生に直談判しに行った。

「このご時世に、左利きの子に右手を使うことを強いるとは何事か、時代錯誤も甚だしい」と(もっと穏やかな言い方だったとは思うが)。

 

 

母は、私が左利きであることで受けるあらゆる些細な「圧」を

ことごとく叩き潰してきてくれた。

だから、私は何ら自分の利き手に疑問を抱くことなく、

何のコンプレックスもなくのびのびと育つことができたのである。

(未だに右手に矯正された子が同級生にいることを知ってびっくりしたものだ。)

 

 

しかし、現実に不便な場面はあった。

「不公平だ」という小さな小さな不満が降り積もったものが、

ブラジャーが留められない理由を知った時に噴き出たのだろうと思う。

 

 

 

母の母(つまり私の祖母)と、母の弟(私の叔父)は、左利きだった。

左利きは「ぎっちょ」と呼ばれていた時代だった。

 

ぎっちょぶきっちょ。

 

右手に矯正されて、結果的に二人とも両利きになっている。

左右どちらも半端に不器用、ともいうかもしれない。

 

 

私は純粋な左利きだ。

でも、文字を書く以外は難なく右手が使える。

 

ピアノを弾くときは間違いなく右手の方が器用に動くし、

PCについているマウスも、片手が疲れたらしょっちゅう左右入れ替えて使っている。

ホイップクリームを泡立てるときも、1分おきに左右の手の泡立て器を持ち変える。

 

でも、

スポーツはどっちの腕(脚)でも出来ないし、

ハサミでまっすぐ切るのも苦手である。

 

 

 

結局は、

どこからが「左利きによる特性」で、

どこからが「個人の特性」なのかなんてはっきりとは分からない。

 

だから、世界を「私たちと、それ以外」なんて2分して見るのは狭量だ。

 

 

 

習字の時間は「どっちで書いても良いですよ」と言えばよい。

急須は左右対称な形状のものを買えばよい。

改札前ではちょっと早めに定期を出して準備しておけばよい。

 

 

 

私の努力と、皆の理解。

社会が進んで、「障害者」という言葉はいつかなくなるのだろうか。

 

 

 

 

(でも、もしホックが左右逆のブラジャーがあったら、右利きの人に試してもらって

「いかに付けづらいか」を味わってもらいたいという意地悪心は、ちょっとある。)

 

このブログの運営者

生きづらさの解消方法・幸せに生きる考え方・うつ病の治し方をお伝えしています。
過去にうつ病になり、考え方を変えることで完治させた経験あり。

典型的なINFP人間。
モットーは「自分の幸せを第一に生きる」。
現在会社員をやりながらADHDの夫と暮らしています。

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